大 大 好きな 脚本家 木皿泉氏初のエッセイ本が出た!
ドラマ「すいか」「セクシーボイスアンドロボ」「野ブタ。をプロデュース 」の脚本家。
帯には
『「すいか」をみて号泣した、そんなあなたへ』
と書いてある。
私みたいな人、いるんだなあ!とびっくりした。
ある一時期、引きこもって繰り返し繰り返し木皿作品ばかり観ていた。今でもだけど、でもその当時は号泣しながら、繰り返し繰り返し。 DVDだけど若干すりきれているんじゃないかと思う。
「木皿泉」は男女お2人のユニットらしい。
2人で、こんな世界観を持てるというのは、共有できるということは、素晴らしくうらやましい。
本は最初に少しエッセイがあって、あとは2人の会話形式なんだけれど、
まずは最初の「誰かを想う」というエッセイ、すごいなと思った。
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情けというものは、よくよく考えると気持ちの悪いものである。
そんなものにがんじがらめになってしまうと、容易に解けるものではない。
息子が母親を殺した、なんてニュースは今は普通だ。
とは言うものの、誰かに何かをしてあげるのはとても楽しい。
大人になってようやくそのことに気が付いた。
もちろん、何かをしてもらうのも、それがたとえささやかなことであっても、
とても嬉しいものだ。
たぶん、問題なのは、人の善意を当たり前だと思って慣れてしまうことだろう。
特に家族はそうだ。
気付かぬうちに、何かをしてもらったことが引け目となって積み重なってゆき、
その人にあらがえなくなってしまう。
情にからめとられる、というのはそういうことだ。
そうならない方法はただ一つ。「ありがとう」を言うことだ。
やってもらった側もやった側も、気持ちは空へきれいに消えてゆくような気がする。
(またこの前に引用された「つつじの乙女」という民話がすごい・・・
こわい・・・人間の本質を衝いている。)
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木皿作品は、人生の理不尽なところも、愛情幻想みたいなものも
淡々と書いてあって、でもそれは悲しむことじゃなくて
最初からそんなものだ、と教えてくれている。
でも決して諦念ではなくて、誰かのために走ることを教えてもらったのも
木皿作品からだった。
かっぱさんの意外と(!)キレやすいところ、大福さんのひょうひょうとしたところが、
脚本と同じように、人間の「建前」をあっさりあっさり覆していく。
倒れられたという大福さん体調大丈夫なのかなあ。 心配。
来週からは久々のドラマ「Q10」が始まるらしく、期待が高まります~
もっすご雨降っていて、びしょぬれの洗濯物を取り込まないといけないけど、
あまりにもずぶぬれなので、取り込むのがひるむ。
明日まで放置決定。
もっすごいずぶぬれ例。
ずぶぬれ返し。
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